墓じまいの言い出し方|家族や親戚にどう切り出すか

墓じまいについて調べて、費用も手順もだいたい分かった。それでも進まないという人は多いと思います。

理由ははっきりしていて、最初の一言が出せないからです。

お墓の話は、家の中でも扱いが難しいテーマです。

切り出し方を間違えると、内容以前に「そんなことを言い出すのか」という反応になってしまう。かといって誰も言い出さなければ、話は永遠に始まりません。

この記事では、誰に、いつ、どう切り出すかを整理します。

目次

その話は、たいてい「きっかけ」がないと始まらない

墓じまいの話が動き出すきっかけは、多くの場合、誰かの思いつきではありません。それまでお墓を管理していた人がいなくなったときです。

掃除も、管理費の支払いも、寺との付き合いも、前の世代が黙って処理してくれていた。その人がいなくなって初めて、誰も引き継いでいないことが表面化する。

うちもまさにこの形でした。

逆に言えば、管理してくれている人が元気なうちは、家族の誰も問題として認識していないということです。

だから話を切り出す側は、まずこの話題が唐突に感じられるという前提に立つ必要があります。相手にとっては、そもそも問題として見えていないかもしれない。

ここを理解しておくと、切り出し方も変わってきます。

誰に最初に話すか

いきなり親族全員が集まる場で持ち出すのは、おすすめしません。

準備なく多人数で話すと、その場の空気で結論が決まってしまいます。反対する人が一人いれば、他の人も同調しやすい。

順番としては、こうなります。

①:まず、いま実際に管理している人

管理費を払い、掃除をし、寺と付き合っている人です。この人を飛ばして話を進めると、後から必ずこじれます。逆にこの人が同意していれば、話はかなり進みやすくなります。

②:次に、決定に関わる立場の人

祭祀承継者、あるいは実質的にその役割を担っている人です。管理している人と同一の場合も多いですが、別のこともあります。

③:その後で、関係する親族に広げる

ここまでで方向性がある程度固まっていれば、全体の話し合いは確認の場になります。

つまり、一人ずつ、順番にというのが基本です。

回りくどいようですが、この順番を守るほうが結果的に早く進みます。

いつ切り出すか

タイミングとしてよく挙がるのが、法事や年末年始など、親族が集まる場です。実際、お墓の話が自然にできる数少ない機会ではあります。

ただ、注意点があります。

法事の当日は避けたほうがいい場面もある

供養のために集まっている場で墓じまいの話を出すと、人によっては強い抵抗を感じます。特に、その法要の対象となっている故人と近い関係の人がいる場合は要注意です。

お酒が入る場は避ける

感情的になりやすく、決まったことが後から覆りやすい。

帰り道や後日のほうが話しやすいことがある

お墓に行った直後は、荒れている様子や、通うことの大変さを全員が実感しています。その状態で「これ、これから先どうなるんだろうね」と話題にするほうが、自然に入れます。

相手に時間の余裕があるとき

何かの用事のついでに持ち出すと、じっくり考える前に反射的な返事が返ってきます。

理想を言えば、誰かが亡くなった直後や、体調を崩している時期は避けることです。ただ、現実にはそういうタイミングでしか話が出ないこともあります。

どう切り出すか

最初の一言をどうするかですが、結論から入らないことが基本です。

「墓じまいをしようと思う」と切り出すと、相手はその是非を判断する立場に立たされます。まだ何も情報がない状態で判断を求められれば、多くの人は保留か反対を選びます。

人は、知らないことにはとりあえず反対するものです。

かわりに、問いの形で出すほうが入りやすい。

  • 「あのお墓、これから先どうなるんだろうね」
  • 「管理費って、いま誰が払ってるんだっけ」
  • 「自分たちの代になったら、誰がお参りに行くことになるのかな」

いずれも、墓じまいという言葉を使っていません。事実の確認や、素朴な疑問として出しています。

これなら相手は判断を求められないので、身構えずに答えられます。

そして、こうした問いに答えていくうちに、相手自身が「確かに、このままだと難しいな」と気づくことがあります。自分で気づいたことには、人は反対しません。

避けたほうがいい言い方

いくつか、反発を招きやすい表現があります。

「もう時代じゃない」

価値観そのものを否定する言い方は、相手の人生を否定するように聞こえます。

「お金がもったいない」

費用を理由の中心に置くと、先祖をお金で計算していると受け取られます。費用は現実的な論点ですが、切り出しの段階で前面に出す話ではありません。

「誰も行ってないんだから」

事実だとしても、責める響きになります。特に管理してきた人には、これまでの労力を否定されたように聞こえます。

「みんなやってることだから」

一般論は、当事者の感情の前ではほとんど機能しません。

共通しているのは、相手が大事にしてきたものを軽く扱う響きがあるという点です。内容が正しくても、この響きが混ざると話が止まります。

反対されたときは、理由を分けて考える

反対されたとき、その理由は大きく三つに分かれます。この区別が重要です。

①:気持ちの問題

「先祖に申し訳ない」「罰が当たる」といった反応です。これは説得で解消するものではありません。時間をかけるしかない部分で、無理に押し切ると関係に傷が残ります。この場合、供養が終わるわけではなく形が変わるだけだということ、移した先でも供養は続くということを、丁寧に伝えるところから始めます。

②:お金の問題

費用の負担が理由なら、これは話し合いで解決できる論点です。誰がいくら出すかを整理すれば前に進みます。

③:タイミングの問題

「今は決めたくない」という反応です。これは反対ではなく保留なので、期限を切らずに待つほうがいい。むしろ、いま決めなくていいと伝えたほうが、後で話が進みやすくなります。

三つを混同して、気持ちの問題に費用の説明で応じたり、保留を反対と受け取って強く出たりすると、こじれます。

まず、何に反対しているのかを聞くのが先です。

一度で決めようとしない

最も大事なのは、これかもしれません。最初の会話で結論を出そうとしないこと。

墓じまいは、一度やれば元に戻せません。合祀を選べば遺骨は取り出せなくなります。

それだけの決定を、一回の会話で決めるべきではないし、決まらなくて当然です。

最初の目的は、この話題を家族の議題に乗せることだけで十分です。

「そういえばあの話、どうする」と次に続けられる状態を作れれば、その日は成功と考えていいと思います。

我が家の場合

うちで話が出るようになったのは、祖父母の世代がいなくなってからです。それまでは誰も問題だと思っていませんでした。

言い出したのは私ではなく、親の世代でした。お墓が遠方にあり、通うこと自体が負担になっていたこと、そして自分たちがそのお墓に入るつもりがないことが、はっきりしていたからだと思います。

実際、親はすでに自宅近くの樹木葬を購入しています。

私自身は、二十年近くお墓参りをしていません。正直なところ、判断に強い意見を持てる立場ではないと思っています。

そして、話は出ているものの、具体的には進んでいません。理由は反対されているからではなく、決めなければならないことが残っているからです。

墓じまいをするなら、いま関わっている親族自身が将来どこに入るのかも決めることになる。生きているうちに自分の埋葬先を決められる人ばかりではありません。

止まっている理由が反対ではなく保留である、というのは、意外と多いケースなのではないかと思います。

墓じまいの話は、切り出し方で結果が変わります。結論から入らず、問いの形で出す。一人ずつ、順番に。そして一度で決めようとしない。

進まないのは、切り出し方が悪かったからとは限りません。まだ決められない事情がそれぞれにあるということでもあります。話題に乗せることができたなら、それはもう一歩前に進んでいます。

この記事を書いた人

東京在住。両親の実家がそれぞれ九州と中国地方にあり、二か所のお墓をどうするかという問題に、いま家族として直面しています。専門家ではなく、当事者としてゼロから調べ、家族と話し合いながら進めている過程を記録しています。制度や手続きについては公的機関の情報を確認したうえで掲載していますが、詳細は必ずお住まいの自治体でご確認ください。

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